第4章 ワカサギ遊漁の振興策の検討
—長野県水産試験場の調査—(2019年度)
長野県水産試験場 諏訪支場
星河 廣樹/降幡 充
要旨
長野県松本市の美鈴湖において、寒さ対策としてドーム桟橋の設置、教えてくれる人が身近にいない初心者のためにインストラクターによる指導および女性参加のきっかけとして遊漁料金を半額にするレディースデイの設定の三つの遊漁振興方策を試行した。
ドーム桟橋、イストラクターの効果を検証するために利用者にアンケート調査を実施し、男性122人、女性62人から回答を得た。回答者とドーム桟橋を利用しなかった人の男女比には、有意差が見られ、回答者に占める女性の割合が高かった。ドーム桟橋を利用した理由を複数回答可で質問したところ、「寒かった」と回答した人が、75人(42.4%)と最も多かった。ドーム桟橋でのワカサギ釣りの感想を質問したところ、「快適」、「少し快適」と回答した人が、合計で163人(94.2%)に達した。インストラクターの必要性について質問したところ、「慣れるまで必要」、「困った時に助けて欲しい」と回答した人が、合計で167人(99.4%)と大半を占めた。ワカサギ釣りへの今後の意欲について質問したところ、「やりたくない」と回答した人はいなかった。以上のアンケート調査結果より、ドーム桟橋の設置は、昨年度同様に寒さ対策として有効に機能し、特に女性に積極的に利用されたことが明らかになった。また、新たに実施したインストラクターによる指導も、事業以前に行われていた、受付窓口での竿の使い方の説明に比べて、初心者のニーズに応えることができたと考えられる。
レディースデイの今年度実施日と昨年度非実施日の遊漁者の男女比は、昨年同様実施日での女性の割合が有意に高かった。女性平均遊漁者数は、今年度実施日が1.2人、昨年度非実施日が0.5人で、昨年同様実施日が有意に多かった。以上の結果より、レディースデイの設定で、女性遊漁者が増加したと考えられる。ただし、今年度の告知は現地に限られていたため、昨年度ほどの効果はなかった。
目的
日本における遊漁への参加人口は1998年以降減少し、2011年には930万人になった(中村2015)。遊漁への参加人口が減少する中で、ワカサギ釣りは渓流釣りやアユ釣りと比べて初心者が参加し易いため、ワカサギ遊漁者は増加していると言われてきたが、その実態は明らかでなかった。2016年度の本事業は、野尻湖では平成18〜27年度の遊漁者数は変動しつつ概ね横ばい、松原湖では2001〜2015年の遊漁者数は増加してきた実態を明らかにした(星河 2019a)。
一方で、2017年度に本事業で実施した全国規模でのインターネットアンケートから、35.2%の人がワカサギ釣りをやりたいと思っているが、「近くにワカサギ釣りができる湖がない」、「きっかけがない」、「寒さが辛い」「やり方を教えてくれる人がいない」などといった理由からワカサギ釣りができないでいることが明らかになった。さらに、ワカサギ釣りをしたことがある人も、「寒さが辛い」、「近くにワカサギ釣りができる湖がない」などを理由として、ワカサギ釣りから離れてしまっていた。
また、 ワカサギ釣りをやりたいと思っている人は、男性が55.4%、女性が44.6%で、その男女比はおよそ半々であったが、2015年度に美鈴湖で実施した遊漁者アンケートの結果では、男性が84.8%、女性が15.2%と女性の割合は低く(上島ら 2018)、女性がワカサギ釣りをやりたいと思っていても、できていない現状が浮き彫りになった。
2018年度、長野県松本市の美鈴湖において、上述のニーズに基づき、寒さ対策としてのドーム桟橋の設置、女性参加のきっかけとして遊漁料金を半額にするレディースデイを実施し、両者とも遊漁振興に効果があった(星河 2019b)。令和元年度もこれらを継続しつつ、教えてくれる人が身近にいない初心者のために、ドーム桟橋内でインストラクターによるワカサギ釣り指導を新たに実施し、その効果を検証した。
方法
遊漁振興方策の試行は、長野県松本市三才山地区の美鈴湖で実施した。美鈴湖は標高1,000mに位置し、周囲長2km、最大水深15mの灌漑用ため池である。なお、レディースデイによる遊漁料金の割引は、漁業協同組合が管理する河川湖沼で行う場合、遊漁規則の変更を伴い、実施が容易でないため、管理者が民間会社で、漁業権がない美鈴湖を、調査湖沼として選定した。また、美鈴湖は、オオクチバスの駆除により、2014年度からワカサギ釣りが再開されており、松本市近隣の住民の視点では、「近くにワカサギ釣りができる湖がない」、「きっかけがない」は解消されている。調査は解禁日の2018年12月23日から開始した。なお。本報告書では解禁日から2020年度2月16日までの結果を解析した。
ドーム桟橋の設置
ドーム桟橋は、昨年度製作したものを一部改修して使用した。日中のドーム内部は、日光により暖かいが、朝は冷えるため、自由に使用できる石油ストーブを設置した。ドーム桟橋の利用者を未経験者、初心者、家族層に限定するため、釣り竿をレンタルした遊漁者のみ利用できる形式とした。ドーム桟橋の定員は10人として、利用希望者が定員以上になった場合は、順番待ちもしくはドーム外での釣りをお願いした。ドーム桟橋の利用者は、休日には定員の上限に達することが予想されたため、美鈴湖ウテナ荘のホームページ上での告知はしなかった。ドーム桟橋、インストラクターによる指導の効果検証のために、解禁日からドーム桟橋利用者へアンケート調査を実施した(図1)。
インストラクターによる指導
インストラクターによる指導は、土日祝日および年末年始休み(12月30日、1月3日)に実施した。インストラクターは美鈴湖ウテナ荘運営の手伝いをされている2名の方に依頼した(図2)。指導実施日には必ずインストラクター1名がドーム桟橋内に常駐し、遊漁者が来た際には、すぐに指導が行える体制にした。指導内容は、レンタル竿の使い方、餌付け、誘い、あわせ、とりこみなど、インストラクターがいなくても釣りができるまで指導した。また、指導後も遊漁者が困った際には、対応可能な範囲で助けることとした。
レディースデイの設定
レディースデイは2019年12月23日以降の全ての平日(年末年始の12月30日、1月3日を除く)で実施した。実施日の遊漁料は、通常1,000円のところ、女性の場合は半額の500円に割引した。実施の告知は、美鈴湖ウテナ荘の管理棟に期間中掲示した。レディースデイの効果は、今年度の割引実施日と昨年度の非実施日(2020年1月15日以降の平日の木金曜日)の平均遊漁者数をt検定で、男女比をχ二乗検定で比較検証した。
結果および考察
ドーム桟橋の設置、インストラクターによる指導
ドーム桟橋は昨年製作したものを一部改修した。ビニールは張り直し、強風時でもドームがしならないようにすじかいを増設し、晴天時にドーム内の温度が高くなり過ぎないよう通風口を新たに設置した(図3)。改修費用は53,900円で、ビニールの張り直しのみなら24,000円程度であった。
今年度の美鈴湖の解禁期間中のワカサギ遊漁者数は、男性1,275人、女性188人、小学生以下の子供218人の計1,681人であった(2020年2月16日まで)。遊漁券発行枚数は、小学生以下は無料のため、1,463枚であった。また、今年度、美鈴湖では12月3日から12月22日までをプレオープン期間として、釣り場、時間を限定して解禁を前倒して営業した。その期間中の遊漁者数について、美鈴湖ウテナ荘のホームページより収集した結果、遊漁者の総数は461人であった。男女、子供の内訳については不明であった。
昨年度の美鈴湖のワカサギ遊漁者数は、男性2,298人、女性363人、小学生以下の子供374人の計3,035人であった(2018年12月25日〜2019年2月28日)。過去の美鈴湖における遊漁者数は、小学生以下の人数が把握されてこなかったため、遊漁券発行枚数を比較すると、2014年度が2,142枚、2015年度が3,135枚、2018年度が2,661枚で、今年度はプレ期間中の遊漁者を含めてもそれらより少なかった。今年度の遊魚者数は、年度途中までの結果であることに加えて、湖面が結氷せず、氷上の穴釣りが解禁できなかったため、氷上穴釣りができた年より減少したと考えられる。
釣り竿をレンタルした人数は275人で、うちドーム桟橋利用を希望した人数は219人で、ドーム桟橋を利用し、アンケートに回答した人は194人であった。
アンケートへの回答者数は、性別欄が無記入だった10人を除くと、男性が122人(66.3%)、女性が62人(33.7%)であった。男女それぞれの総遊漁者数から回答者数を除いたドーム桟橋未利用者は、男性が1,153人(90.1%)、女性が126人(9.9%)であった。回答者とドーム桟橋未利用者の男女比には、有意差が見られ(χ二乗検定 p < 0.01)、昨年と同様に、女性がドーム桟橋を積極的に利用していたと言える(図4)。
ドーム桟橋を利用した理由について複数回答可で質問した結果を図5に示す。回答として最も多いのが、「寒かった」の75人(42.4%)、次いで今年度新たに実施した項目の「インストラクターがいる」の56人(31.6%)、「現地で知って興味を持った」の30人(16.9%)であった。昨年度回答が多かった項目は順番に、「寒かった」(42.6%)、「その他」(23.6%)、「現地で知って興味を持った」(23.1%)であった。昨年度の「その他」は、レンタル竿の使い方をドーム桟橋内で教えたため、「インストラクターがいる」と同様な理由で多かったが、新たに項目ができたことで、今年度の回答は18人(10.2%)にとどまった。そのため、上位3項目の順番は昨年度と同様といえる。
各項目を回答した人の割合(%)
ドーム桟橋でワカサギ釣りをした感想について質問した結果を図6に示す。回答として最も多いのが、「快適」の148人(83.5%)、次いで「少し快適」の15人(8.7%)で、これらの合計で94.2%に達した。これらの割合は昨年度の81.3%より高くなった。一方、否定的な意見としては、「あまり快適でなかった」が2人(1.2%)、「快適でなかった」が3人(1.7%)で、わずかであった。
各項目を回答した人の割合(%)
インストラクターの必要性について質問した結果を図7に示す。回答として最も多いのが、「慣れるまで必要」の106人(63.1%)、次いで「困った時に助けて欲しい」の61人(36.3%)で、これらの合計で99.4%と大半を占めた。一方、消極的な意見としては、「道具の説明で充分」が1人(0.6%)とわずかであり、「不要だった」と回答した人はいなかった。本調査中、インストラクターは常にドーム桟橋内におり、一通りの指導が終わった後も困ったことが起きた際には対応でき、ほとんどの初心者のニーズに応えられたと考えられる。本事業以前の美鈴湖では、竿をレンタルした初心者への対応は、受付窓口での竿の使い方の説明程度であり、ほとんどの初心者のニーズには応えられていなかったといえる。また、「慣れるまで必要」の慣れるまでの時間については、個人差があると考えられる。インストラクターからの印象では、30分間指導することで、多くの初心者は独りで釣りができるようになったそうである。ドーム桟橋への常駐が難しい場合でも、初心者には30分程度対応した方が、満足度向上に繋がると考えられる。
各項目を回答した人の割合(%)
ワカサギ釣りへの今後の意欲について質問した結果を図8に示す。回答として最も多いのが、「道具をレンタルしながら続けたい」の61人(35.3%)、次いで「機会があればやってもよい」の58人(33.5%)、「自分で道具をそろえてやってみたい」の54人(31.2%)であった。一方、「やりたくない」と回答した人はいなかった。また、今後のワカサギ釣り継続に一番積極的な選択肢である「自分で道具をそろえてやってみたい」と回答した人の割合は、昨年度の23.0%から増加していた。
各項目を回答した人の割合(%)
以上のアンケート調査より、ドーム桟橋の設置は、昨年度同様に寒さ対策として有効に機能し、特に女性に積極的に利用されたことが明らかになった。また、新たに実施したインストラクターによる指導も、本事業以前に行われていた受付窓口でのレンタル竿の説明に比べて、初心者のニーズに応えることができたと考えられる。
レディースデイの設定
レディースデイの今年度実施日での遊漁者数は、男性が442人(91.9%)、女性が39人(8.1%)であった。昨年度非実施日での遊漁者数は、男性は178人(96.2%)、女性7人(3.8%)であった。今年度実施日と昨年度非実施日の遊漁者の男女比は、今年度実施日での女性の割合が有意に高かった(χ二乗検定、p < 0.05)。今年度実施日と昨年度非実施日での女性の平均遊漁者数は、それぞれ1.2人、0.5人で、今年度実施日が有意に多かった(t検定、p < 0.05)。
女性の平均遊漁者数に遊漁料金を乗じて、女性からの平均遊漁料収入を算出すると、実施日では600円(500円×1.2人)、非実施日では500円(1,000円×0.5人)であった。遊漁料収入の面から見ても、レディースデイを実施することで、わずかに収入が増加した。今年度のレディースデイの効果がわずかであった要因として、実施告知が美鈴湖現地に限られていたことが考えられる。昨年度実施したように美鈴湖ホームページ上での告知があれば、さらに遊漁者数が増加した可能性がある。
恐らく、平日の遊漁者、特に女性遊漁者が少ない状況は他の漁場においても共通していると考えられる。昨年度および今年度の結果から、レディースデイで単純に値引きするだけでは大幅な収入増加は見込めないと考えられる。しかし、割引の対象となる女性は元々数が少ないため、割引による損失のリスクも小さく、女性の釣りへの参加のきっかけづくりとして一考の価値がある。さらに、レディースデイの設定だけでなく、本事業でのドーム桟橋のような女性に喜ばれる振興策を併用して、相乗効果を狙うのがより好ましいと考えられる。
まとめ
本事業の振興方策試行に先立ち、2016年度は野尻湖、松原湖での遊漁者を対象にアンケート調査を実施した。2017年度はインターネットを利用した全国規模でアンケートを実施し、遊漁者およびやりたくてもやれていないあるいは理由があって今現在はできていない潜在遊漁者のニーズ把握や情報収集に努めた。本事業で活用したインターネットアンケート調査は、全国規模や興味のある対象に限定した調査が可能な一方で、数十万円の費用が必要となり、実施が容易ではない。漁業協同組合が現実的に実施できるのは、自らが管理する漁場での遊漁者を対象としたアンケートとなり、安価に実施できるが、潜在遊漁者のニーズ把握は難しくなる。しかし、遊漁者が対象であっても、質問の仕方次第では、潜在遊漁者のニーズ把握に繋げることは可能である。例えば、初心者を一緒に連れてくる時に漁場に何があればいいか、どのような漁場に初心者を連れて行きたいか、あるいは自分が初心者だった時に困ったことは何だったかなどを質問することで、間接的に潜在遊漁者の釣りができない理由を明らかにすることができる。遊漁者や遊漁料収入を増加させるために、自らの漁場の遊漁者を対象にアンケート調査からまず始めてみたらどうだろうか。
本事業では2つのアンケート調査から明らかになったニーズや現状を基に、ドーム桟橋の設置、インストラクターによる指導およびレディースデイの設定の振興方策を試行し、いずれについても明瞭に有効性が示された。遊漁振興を図っていくためには、潜在遊漁者のニーズ把握も最重要課題の一つといえる。
引用文献
- ・星河廣樹(2019a)長野県の野尻湖と松原湖におけるワカサギ遊漁の実態.水産振興,53,62-92.
- ・星河廣樹(2019b)ワカサギ遊漁の振興策の検討.内水面の環境保全と遊漁振興に関する研究成果報告書(平成30年度),94-100.
- ・中村智幸(2015)レジャー白書からみた日本における遊漁の推移.日本水産学会誌,81,274-282.
- ・上島剛・星河廣樹・松澤峻・山本聡・沢本良宏(2018)アンケート調査からみた美鈴湖におけるワカサギ釣りの実態と経済波及効果.日本水産学会誌,84,711-719.
星河廣樹ほしかわ ひろき
【略歴】
▷ 1983年(昭和58年)、長野県生まれ。2007年北海道大学水産学部海洋生物生産科学科卒業、2013年長野県に入庁。 現在は諏訪支場勤務。
降幡充ふりはた みつる
【略歴】
▷ 1961年(昭和36年)、長野県生まれ。1985年北海道大学水産学部増殖学科卒業、1985年長野県に入庁。現在は水産試験場諏訪支場長。博士(水産科学)。