水産振興ONLINE
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2020年9月

座談会 定置漁業研究

司会 東京水産振興会理事 長谷 成人 氏
日本定置漁業協会専務理事 玉置 泰司 氏
青森県定置漁業協会会長 堀内 精二 氏
静岡県定置漁業協会会長 日吉 直人 氏
ホクモウ株式会社 松平 良介 氏
水産業・漁村活性化推進機構 奈田 兼一 氏
全国漁業共済組合連合会常務理事 岩下 巧 氏
水産庁 中村 真弥 氏

自己紹介と定置漁業の諸課題についてリレートーク (5)

長谷:ありがとうございます。奈田さん、お願いいたします。

奈田:水漁機構の奈田です。日本定置漁業協会の監事もやっています。はじめは定置漁業との関わりについて述べさせて頂きます。私は最近イージス・アショアの配備問題で有名になった山口県の日本海側北部に位置する阿武町の宇田郷地区という小さな漁村の出身ですが、両親は戦後間もない時期に結婚し魚仲買を始め、戦後ですから大量に獲れた魚を広島方面の卸売市場を中心にトラック輸送で出荷する商売をしておりました。地元には大敷組合という村張りの大型定置が2経営体2ヶ統あり、子供の頃から様々な形で定置漁業の実態を見聞きしてきました。

奈田 兼一 氏(水産業・漁村活性化推進機構)

私は、2009年6月24日の水漁機構の設立に全漁連職員として携わりましたが、同年に水漁機構がもうかる事業を大日本水産会から引き継いだ当初からもうかる漁業を担当してきた関係から、定置漁業の案件にも数多く関わってまいりました。そのような中で、私は定置漁業に強く興味を抱くようになりました。その理由は、定置漁業というのは地域住民に喜びと安定をもたらす漁業ではないかと感じたからです。定置漁業は待ちの漁法であり、自然、資源に優しいという点、それから回遊性魚種から定着性魚種まで多種多様な魚を鮮度のよい状態でほどよい量を毎日安定的に地域の人々に供給できます。更に、漁村地域において安定的な雇用の場を提供できますので、雇用の拡大と漁獲物の地産地消を通じて地域の活性化に大いに貢献できる産業ではないかと考えたからです。

今回、座談会参加のお話をいただきまして、まず長谷前長官の退任後のいの一番のお仕事が定置漁業の振興ということに対して、大変うれしく思っています。また、本日はこのような機会を与えていただきましてありがとうございます。私に与えられた課題は、大型定置漁業の経営収支の状況についてでございますが、もうかる漁業ではこれまで17案件の大型定置漁業の実証事業をやっています。その収支状況ですが、まだ公表していない数字が多いものですから、細かい数字は言えませんが平均的に言って、償却前利益はもうかる漁業の実証前に比べて2倍から3倍となっており、収益性は大きく向上しています。改革計画の目標値まで達成している案件は少ないものの、次世代船建造の可能性も高い実績が出ていますので、定置漁業にとってはとてもいいスキームの事業だと考えています。

それから、大型定置漁業の経営上の課題のことで申し上げると、大型定置漁業は初期投資が漁船と網で最低でも3億円、替え網などを入れたら、5億円、6億円必要な産業です。大型の沖合・遠洋漁船漁業と同じくらいの資金が必要な訳です。そのため網の流出事故などが起きると廃業に陥ってしまうようなことになりかねませんので、網被害防除対策は定置網対策にとって極めて重要な課題であると考えております。

それと、折角19トン型の大型最新鋭網起こし漁船を建造しても効率よく使わなければ生産性が低くなる訳ですので、私が勧めたいのは、いろいろ見てきて、1ヶ統操業よりも隣接する複数の漁場をあわせて2ヶ統で操業する方が良いということです。元々定置漁業は操業時間が短い漁業です。短くて2時間、長くて4時間ぐらいの操業時間です。選別作業も1時間ぐらいで終わるので、4〜5時間での勝負になります。経営資本を効率よく使うためには2ヶ統以上の複数ヶ統操業とするのがいいのではないでしょうか。実際もうかる漁業に参加している経営体の中にも複数ヶ統操業があり、経営内容も安定しているところが多いのでお勧めしたい訳です。水漁機構は補助事業の実施主体であり、技術指導や経営コンサルをやる仕事ではないので、なかなか言えないですけれども、私見として申し上げておきたいと思います。

それから、今、台風被害、低気圧被害が最近増えています。この対策として最新の事例では、南房総市の東安房漁協の自営定置がもうかる漁業において今まで使っていたワイヤーロープに替えてメガラインという化学繊維の新しい側張を導入しましたが、先週、実証事業の1年目が終了したところで漁労長にも聞いたところ、これがすごくいいということです。ここは2ヶ統ありまして、水深が深い方の定置網をワイヤー製の側張からメガラインに変えると同時に二重側を一重側に変更しました。これによりイニシャルコストが大きく削減され、しかも軽いので浮子が少なくて済みます。波浪や急潮被害の防除策として有効であるばかりか軽くて柔軟なためとても扱いやすいそうです。

その漁場は水深が深く潮が速いために従来は年間操業日数が120日と水深の浅い方の漁場の170日以上操業の日数に比べ格段に少なかった訳ですが、操業日数が飛躍的に増加し同じだけ操業ができたためすごく喜んでいました。繊維ですから柔らかいので、高圧放水銃で洗網するときも1カ所に集められるため作業が楽にできるという利点もありますので、いいことづくめだと思います。全国で初の側張らしいです。それからウミガメの問題ですが、東安房漁協の定置網にはウミガメが毎日のよう入網します。去年は829頭を1頭も殺すことなく再放流しました。ほとんどがアカウミガメですが1頭だけがアオウミガメで、今年はオサガメも入ったそうですが、もうカメが定置網に住みついているような状態です。摂餌と産卵のためにここに来るという感じです。ここまでウミガメが沢山入網する漁場は全国にないと思います。カメを逃がすという取組はもうかる漁業でもやっておりまして、中層網でやっているところがありますが、どうも成功していないようです。天井網が付いていて天井から逃がすような仕組みの網を導入したのですが逃げることができず多くが死んでいるようです。中層網ではなかなか難しい状況のようです。

長谷:東安房のものは、窒息しない表層だから、入ったものを逃がしているという話ですか。

奈田:東安房の定置網は表層網ですからカメが死ぬことはありません。ウミガメは大きさが60キロから100キロあります。ですから、船上に上げるだけでも大変で、それが魚槽に入ってしまうと取り出せないので、船上の甲板に上げたら、歩かないようにひっくり返しておくわけです。毎日それが重労働のようです。

長谷:先ほど一部で結果が出ていると言われましたのが、この話ですか。

奈田:はい。

長谷:中層網や底建網のようなもので脱出口でというものは、現象的にはあっても、どれだけ入ったものが、どれだけの率で出るのかという実証はまだまだこれからだと思っているということですね。

奈田:はい。

長谷:奈田さんには本当に定置の案件は、もうかる漁業でたくさんやっていただいて、5年間の実証が終わったものとそうでないものもありますが、せっかくなので、そういう取り組み、普通の先ほどの化繊メガラインの話などはどこまで話せるかということもあるかもしれないですけれども、全国の定置を全部もうかるの事業に乗せるという話にはならないので、実証事業というのはこういういいことがあるのですということで横展開をしてこそ意味があるので、こういう定置漁業のすごく大事な時期にこれまでの成果をまとめてもらって、それを発信するというか、2023年の切り替えという一つのいいタイミングがあるわけです。共同化などもありましたが、理屈はそうだけれども、現場に行ったら「あいつとは組みたくない」などいろいろ出てきますから、早め早めに動いて準備をしていくということがとても大事だと思います。また、この後の話ですけれども、成果の取りまとめや発信などご協力いただければと思います。玉置さん、そういうことでいいですよね。

玉置:そうですね。うちのほうの機関誌『ていち』は年に2月と8月の2回出していますけれども、その中でぜひ全国の定置漁業者の人に見てもらいたいです。

長谷:いろいろなことにアンテナを張っている経営者はもう放っておいてもやられるでしょうけれども、必ずしもそうではない方もおられるので、発信できればと思っています。

奈田:もう1点、定置漁業の経営収支の状況を見た場合、当然自然の影響を受けて、豊漁の年もあるし、不漁の年もある訳ですが、大体、定置の場合はブリが大量に入網したかしないかで、大きく左右されている実態があると思います。北海道を除く本州の定置を見ていると、重要な魚種というか数量的にも金額的にも重要な魚種というのが決まってきます。北海道はサケですけれども、本州はブリ、アジ、イカ、サバ、イワシの5魚種に最近増えているサワラを加えて6魚種に絞られます。もうかる漁業における取組の成果というのは、この取組でこれだけの成果が出たと個別に評価するのがなかなか難しく、いろいろな取組の相互作用で総体的な成果として出てくるものですから、効果のあった取組を特定するのは中々難しい面がある訳です。そういった中でも、この取組の成果だと評価できるものも何件かあります。少し時間が長くなってしまいますが、ご紹介してもよろしいですか。

長谷:はい。

奈田:1例目は、先ほど言った旧漁場を復活し1隻1ヶ統操業から1隻2ヶ統操業へ転換して、経営を合理化した例です。これは、以前は春夏に沿岸を北上する魚群を主に漁獲する夏網を操業していましたが、秋冬に沿岸を南下する魚群を主に漁獲する冬網を復活して2ヶ統操業に転換したものです。両漁場間の距離は3〜4キロで隣接していて、来遊してきた魚群がどちらかの定置網に入るというような相乗効果を生んで、漁獲実績を上げています。水揚量は大体3.5倍ぐらいに増加し、水揚高も3倍以上となり、償却前利益は6倍以上になっています。

このプロジェクトにおいて特筆すべき点は、陸上に海水シャーベット氷の製造装置を県と町の補助で設置してもらい毎朝これを魚槽に流し込んで出港します。海水氷だと真水の氷に比べて温度が低く初期冷却が良くきくのです。これを使った魚をこのプロジェクトでは道の駅に出荷して直売している訳ですが、これがものすごく評判となり遠方からも買いにくるような状態で、土日には開店前から車が100台ぐらい駐車し開店を待っているような状態で魚が飛ぶように売れています。

2例目は、定置網の敷設位置を高単価魚種が入網する位置に変更し、水揚高を向上することにより収益性の改善を図った例です。深い水深の海底に沿って泳ぐ習性を持つ高単価のブリやキハダマグロの入網を誘導するため、側張ワイヤーロープを38mmと40mmに高強度化するとともに2段落とし網から1段落とし網へ変更するなどして、深場の早潮に耐えられるような網構造に改良し、底層部の潮の流向に端口を合わせるようにして、定置網の敷設場所を水深50mから60mに10m深場のところに網を移動したものです。この取組により水揚量は実証前よりも減少しましたが、水揚高は逆に増加し、償却前利益は大きく黒字に転換しております。

3例目は、新技術の油圧機器を導入して、船上作業の省力化・合理化・効率化を図りつつ、人員を削減することで人件費を中心とした運転経費を大幅に削減して、収益性の改善を図った例です。この事例では、省力化機器の導入により作業効率を向上するとともに船団構成を5隻から3隻に縮小して省人化を図ることで収益性の改善を図った例です。この取組により、水揚量は大きく減少し水揚高も減少しましたが、運転経費が大幅に削減されたことから、償却前利益は実証前に比べ大幅に向上しております。

4例目は、定置網の構造と材質を大幅に見直すことで周年操業化を実現し水揚高を向上することにより、収益性の改善を図った例です。側張を新素材の化繊ロープにし一重化するなどして、網の軽量化、高強度化、単純構造化を図って、波浪や潮流の影響を軽減し、台風シーズンの操業機会を増加し、漁具被害の軽減により周年操業化を図ることでイニシャルコストを大幅に低減しつつ水揚高の向上を図ったものです。この取組により、水揚量は例年並みを確保し、水揚高は大幅に向上し、経費は削減された結果、収益性が上がったという事例です。

長谷:ありがとうございます。まだあるでしょうけれども、やはり、私も4月からもうかる漁業の中央協議会の委員にもさせていただき、これから関わっていこうと思っていますけれども、せっかくいろいろな成果が出てきているのですが、報告書を見させてもらうと、地域ごとに課題は違ってくるだろうけれども、生産に関してだと、網をどうするか、例えば、目合いを大きくすることによって、これは急潮対策にもなるし、汚れも少なくなるし、稚魚の保護にもなるというようなことで、各地のプロジェクトでやられていると思います。

それから、船関係ではやはり19トンというものにして、スペース確保をするなどいろいろな作業がしやすく、先ほどの放流の話などにもつながってきます。あるいは、省エネ漁船は燃油代が経費の中のパーセンテージが低いにしても、そのような取り組みや、流通加工の話で、道の駅との連携などもありましたが、売る工夫もあります。畜養している、活魚でという取り組みも結構多いと思います。せっかくの機会なので、奈田さんのほうでも整理してもらって、メニュー化をするというかチェックリストというか、こういうことについてうちの網だとできることはないだろうかみたいに考えられるようなものが一つ作ってもいいのではないかと思っています。

すみません。奈田さん、途中で切ってしまったかもしれないけれども。そういういろいろなせっかくの取り組みなので、横展開できたらということにして、とりあえず、先に進んでいいですか。

奈田:はい。