水産振興ONLINE
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2019年10月

海洋プラスチックごみ問題について

中里 靖(環境省 水・大気環境局 海洋環境室長)

2. 海洋ごみによる環境影響

(1) 海洋環境の悪化

2016年のダボス会議でなされた報告によると、2014年時点で、これまでに海洋に流入したプラスチックごみの総量は1億5千万トンで、これは数量ベースで魚の量の5分の1程度とされている7)。この報告では、プラスチックごみの消費量及び海洋への流出量の増大が続いている状況において、このまま推移した場合、2050年には海洋中のプラスチックごみの量は魚の総量を超えると警告している(図1)。

海洋ごみの世界的な分布については、マイクロプラスチックに関してモデルによる密度分布の推定がなされている8)。それによると北半球及び南半球の低中緯度海域に濃度の高い海域が東西方向に帯状に拡がっており、日本を含むアジア地域から北米にかけて高密度に分布していると推定されている(図2)。このモデルでは、最も密度の高い海域で1平方キロメートル当たり百万個程度で色分けされている。これは1平方メートル当たりでは1個という濃度である。また、異なる調査により北極や南極でもマイクロプラスチックが観測されたとの報告があり、既にプラスチックごみは極域を含め世界的に分布している。

プラスチックごみは海水よりも比重が大きいものもあれば小さいものもある。比重が大きいものは海底に沈み、小さいものは、海流や風によって漂流することとなる。空のペットボトルはフタがついたままで中に海水が入らなければ、漂流することとなるが、フタがない場合は中に海水が入り込むことにより海底に沈む。レジ袋も比重が海水よりも大きいものは、徐々に沈むこととなる。海岸に漂着した海洋ごみは、海岸の景観を悪化させ、観光業に打撃を与えるほか、周辺の生活環境の悪化を招き、比較的海洋ごみの悪影響を認識しやすいが、一方で、海底にも多くのプラスチックごみが存在していると考えられる。

図1 現状のまま推移した場合の海洋プラスチックごみ量(世界経済フォーラムの報告書(2016)より)
図1 現状のまま推移した場合の海洋プラスチックごみ量
(世界経済フォーラムの報告書(2016)より)
図2 マイクロプラスチック(1〜4.75mm)の密度分布(モデルによる予測)
図2 マイクロプラスチック(1〜4.75mm)の密度分布(モデルによる予測)
(出典)Eriksonら (2014), “Plastic Pollution in the World's Oceans : More than 5 Trillion Plastic Pieces Weighing over 250,000 Tons Afloat at Sea”, PLoS One 9 (12), doi:10.1371/journal.pone.0111913

(2) 野生生物による誤食

昨年はインターネット上に、ウミガメの鼻に刺さったプラスチックストローを引き抜く場面の動画が流れ、世界的に海洋プラスチックごみへの関心が高まった。また、タイにおいて死亡した小型のクジラの胃から80枚ものレジ袋が見つかったことが世界的に話題となったほか、日本でも神奈川県の鎌倉に漂着したシロナガスクジラの子供の胃からプラスチック片が採取されマスコミに取り上げられた。

図3 プラスチックを飲み込んだ海鳥
図3 プラスチックを飲み込んだ海鳥
アホウドリの死がい。胃の中からライターやペットボトルのキャップなど、プラスチック類のごみが見つかっている。
出典はNOAA(アメリカ海洋大気局)

ウミガメの主食はクラゲとされ、漂流するレジ袋をクラゲと間違え誤食する。豪州の研究機関が発表した調査結果では、死因が特定されたウミガメのうちレジ袋などのプラスチック製の袋を誤食していたものが多かったとしている。

このほか、以前から海鳥がプラスチックを誤食していることが指摘されている(図3)。太平洋に浮かぶミッドウェー島などはコアホウドリなどの営巣地となっているが、こうした人間社会から隔絶された孤島で、海鳥の雛が親鳥が間違えて与えた多くのプラスチックごみを飲み込み死亡している。以上のように、ウミガメや海産哺乳動物、海鳥などの海洋を生活圏とする野生動物がプラスチックごみを誤食していることが知られている。

(3) ゴーストフィッシング

人の手を離れ、投棄または逸失した漁具が、意図せず魚介類を捕獲し続けることをゴーストフィッシングという。海中に残された網等に魚介類やウミガメを含む海洋生物が絡むなどして死亡するため、水産資源や生態系への影響が懸念されている。ゴーストフィッシングは漁網等がプラスチック製の合成繊維に代わる前にも発生していたと考えられるが、耐久性の向上等により、こうした現象をより生じさせやすくなっているものと思われる。

(4) マイクロプラスチック

海洋プラスチックごみの中でも、近年注目を集めているのが、マイクロプラスチックである(図4)。一般的に5mm以下のプラスチックをいう。大別して2種類あり、5mm以下の大きさに製造されたプラスチックを1次マイクロプラスチック、プラスチック製品が破砕して5mm以下となったものを2次マイクロプラスチックという。1次マイクロプラスチックには、以前洗顔剤などに洗浄効果を高める目的でスクラブ剤として使用されていたマイクロビーズがこれに該当する。先にマイクロプラチックは全世界的に分布していることを記述したが、このマイクロプラスチックの環境影響としては、化学的影響と物理的影響が指摘されている。化学的影響としては、プラスチックの性質を向上させるために添加される薬剤による影響と、環境中のPCBsなどの有害物質を吸着・脱着することによる影響である。プラスチックに添加された薬剤が接触したものに移行することが知られている。また、海水中を漂うマイクロプラスチックが周辺の海水中からPCBsなどを吸着することが知られており、周辺の海水の100万倍の濃度にもなるとされている。また、物理的影響としては、摂取することにより消化管を傷つけたり、詰まらせたりすることにより生物に影響を与えることが指摘されている。

図4 採取されたマイクロプラスチック
図4 採取されたマイクロプラスチック

このように、様々な影響が懸念されるマイクロプラスチックであるが、実験室内では、マイクロプラスチックが生物の成長や肝機能、生殖能力などに影響を与えることが確認されているが、自然環境下での影響はまだ確認されていない。科学的な評価を行い、国連の各機関にアドバイスを行うGESAMPという科学者グループが2016年にまとめた報告書では、「マイクロプラスチックが生物に悪影響を与える可能性や、現在の食糧安全保障にも影響を与える可能性が潜在的には存在するものの、現在観測されている密度では、そうした状況に陥ることはないと考えられる。」、「マイクロプラスチックが、水産物への化学物質の蓄積を増加させる可能性があるが、現在観察されている密度では、人への健康リスクが顕著に高まっていることを示唆する証拠はほとんどない。」としている。

参考資料
  • 7) The New Plastics Economy Rethinking the future plastics. World Economic Forum
  • 8) Eriksonら; Plastic Pollution in the World's Oceans : More than 5 Trillion Plastic Pieces Weighing over 250,000 Tons Afloat at Sea, PLOS one