おわりに
中・小型漁船の市場は、規模階層によってはまだ建造ラッシュが続いていますが、全体としては縮小し続けることには変わりありません。
これまで、漁業への新規就業者が減り、漁業者の高齢化とともに、漁船の老齢化もすすみ、船齢30年以上の漁船が40%以上を占める状態になっています。同時に、「代船」を取得しなければ漁業が続けられないという漁業者が増加しています。ということは、ある意味、「代船取得の潜在的需要」は膨張しています。ただし、「代船」を取得したい漁業者のなかには後継者を確保していない人も多いことから、「代船取得の潜在的需要」とはいえ、その需要は必ずしも新船の市場とは限りません。中古船市場にかかる期待も大きいのかと思われます。そうしたなか、東日本大震災の発生と漁船取得の支援事業の創設で第一弾の建造特需が発生し、次いで漁船リース事業が創設され、第二弾目の建造特需が発生したのです。いわば「代船取得の潜在的需要」が膨張するなかで、財政支援によって新船市場が掘り起こされたということになります。
超過需要が発生すれば価格は上昇します。これは普通の経済現象です。冷静に考えますと、造船所が減っているなかで建造特需が発生したのですから、今日の船価高騰はまずこのことをもって正当化できます。
ただし、そもそも完成した漁船は同じ仕様のものはなく、船価は単純に比較できるものではありません。そして、漁業者は代船建造で新しい漁船を購入するわけですから、従前のものと同じ漁船を買うということにはなりません。家を建て替えたり、車を新車に買い換えたりするとき、以前のものと全く同じものにはなりません。中・小型漁船とはいえ、漁船も時代とともに新技術が動員され、品質も改良され、装備が高度化して、重装備化されてきました。その反面、漁船の市場は縮小し、漁船供給産業の供給力が衰えて、生産原価は上昇してきました。消費税の増税も関係していましょう。そこに建造特需がきたわけですから、造船所や関連産業に無理がかかり、かかる原価がより上昇し、漁業者からすれば船価が異常に高く感じる状態になったのです。
問題は今後です。造船所はこれからも減り、船価はこれからも上昇します。船価上昇の一因は漁船リース事業のような代船取得支援があるからですが、これがなければ、造船所はさらに減り、船価上昇傾向はさらに強まると考えられます。
業界からの政策要望があるとはいえ、代船取得を支援する財政支援が長期間続けられてきました。水産物市場が回復すれば、こうした支援はやがて必要なくなるかもしれませんが、漁業全体を底上げするほど、好転する気配はありません。大規模金融緩和による円安誘導で輸入水産物が減り、同時に水産物の供給力が弱っているため、昨今の水産物価格は高めに推移はしていますが、船価高騰を十分に補えるほどのものではありません。まして、水産物の内需は縮小局面から転換していません。外需は拡大傾向ですが、為替レートに大きく左右されますし、外需に依存している水産物はロットがまとまるものに偏っています。中・小型漁船が漁獲する魚種においては、外需拡大の恩恵を受けているものは多くはありません。
代船取得支援は、ある意味、止められない状況になっています。一方で、政府の財政緊縮の姿勢が弱まらないと考えると、代船取得支援がどこかで途切れてしまうことも想定しておかなければなりません。あとは漁業界と、造船所や関連産業とがどう繋がっていくか、です。互いの持続的な関係を構築するために、合理的な選択をしていかなければなりません。そのための「産業マネジメント」が今必要になっています。現状を放置すると、漁業者がいても、漁船が供給されないという事態が発生する可能性があります。
他方、会社として意欲ある造船所は生き残り策を考えています。造船のみで続けようとしている会社もあれば、造船をコアにしながらも次の投資先=新事業分野開発を考えている会社もあります。漁船市場、船舶市場だけに依存せず、自分たちが持っている技術を応用した、新たなFRP製品や新たな商品、新たなサービスの開発です。ただし、そのような造船所は後継者がいて、資本を蓄積してきた造船所です。そうでない造船所は、続けられる範囲で漁船市場と漁船の修繕サービス市場で生き残るだけです。
漁船市場をめぐる造船業界の対応もいろいろです。ですが、漁船を供給する造船所の統計資料がなく、全体を把握できません。筆者の今回の調査では、その一部しか捉えていません。このことを踏まえて、改めて造船業界の現状を整理していくことが課題かと思います。「産業マネジメント」をするために、造船業界の俯瞰的把握がまず必要と思われます。
参考文献
- 1. 濱田武士「船価高騰と造船所」『水産振興』(594、2017年6月)
- 2. 東洋化学経済研究所『FRP漁船の市場構造』(東洋化学経済研究所、1972年)
- 3. ヤンマー70年史編纂委員会編『燃料報国:ヤンマー70年のあゆみ』(ヤンマーディーゼル、1983年)
- 4. ヤマハ発動機50周年記念推進事業プロジェクト事務局『Times of YAMAHA 挑戦と感動の軌跡 ヤマハ発動機50周年記念誌』(ヤマハ発動機、2005年)
- 5. 濱田武士『伝統的和船の経済―地域漁業を支えた「技」と「商」の歴史的考察』(農林統計出版、2010年)
- 6. 橋本博文編『FRP60年の歩み』(一般社団法人強化プラスティック協会、2015年)
- 7. 大海原宏「漁業技術論」『現代水産経済論』(北斗書房、1982年)