第四章 漁船の需給と船価
建造支援による建造需要の喚起
さて、そうしたなか、代船建造需要が一気に高まる事態が発生しました。先にも触れた2011年に発生した東日本大震災です。東日本大震災発生により、2万隻以上の漁船が被災したわけですから、建造需要が高まるはずです。また、それへの対応として立ち上げられた「共同利用漁船等復旧支援事業」や「がんばる漁業」が創設されましたので、漁業者の代船建造意欲が高まり、「代船建造特需」がもたらされたのです。
「共同利用漁船等復旧支援事業」とは、漁協など協同組合組織が、被災した組合員に利用させる共同利用漁船の建造を予算面から支援するというもので、補助率は高く、建造費等の2/3(国1/3、県1/3)です。岩手県や宮城県では更に県が1/9、市町村が1/9の補助を上乗せしましたので、実質、被災漁業者の自己負担は1/9となりましたⅶ)。
「がんばる漁業」とは、改革船を漁業者団体が傭船して漁業の新しい取り組みを支援する「もうかる漁業創設支援事業ⅷ) 」の仕組みを応用したもので、漁業団体が事業主体となって新たに建造した漁船を3年間傭船するというものです。この事業では、「もうかる漁業創設支援事業」と同じく、地域漁業復興協議会を立ち上げて、地域プロジェクトを策定し、それが中央協議会において審査されます。「もうかる漁業創設支援事業」のように改革計画というわけではなく、被災者支援という観点から審査されるが、結果的には改革要素を含んだ計画が求められます。
しかし、表1-1でみたとおり、東日本大震災後の「代船建造特需」で、建造ラッシュが続きましたが、直近では建造数は全体として落ち込んでいます。漁船規模階層別にみると、船外機船と無動力/5トン未満船が建造を減らしています。被災した数も多かったですが、建造され供給された数も多かったということです。先に見たとおり、東日本大震災後に対応した大手メーカーの緊急的な大量製造体制は2015年度には解消されています。そのことから、船外機船や無動力/5トン未満の船型の供給能力は震災前を下回る状態になりました。
ただ、その他の階層は少なくとも2018年度までは東日本大震災前の水準か、それ以上です。それ以上の船型を建造する造船所の多くは、2021年まで受注が埋まっているとのことです。
その背景には、「水産業競争力強化漁船導入緊急支援事業」の創設があります。これは、別名「浜の担い手漁船リース緊急事業」といわれています。基本的にはTPP対策です。この事業のために、2015年度に70億円、16年度に142億5千万円、2017年度230億円という補正予算が準備されました。また、2018年度には水産改革関連予算としてこの事業に201億円の補正予算が準備されました。
この事業では、中核的な漁業の担い手を地域で認定し、その漁業者に漁船がリースされるというものです。原則は中古船でしたが、中古船市場も逼迫している上に、該当する中古船がない場合は新船建造も可能となりました。漁船を建造し、所有するのは漁業団体です。そのリース漁船の船価の半分を国が支援するという内容になっています。ただ、建造費補助の上限が2.5億円なので、5億円以上の漁船においては補助率が半分以下になります。それでも、魅力的な金額です。
2015年度では301隻の事業承認があり、うち新船が193隻、2016年度は548隻のうち395隻が新船でありました。7割近くが新船建造でした。中古船の取得を原則としながらも、新船建造を喚起した事業であったといえます。
今日、船外機船や5トン未満船は震災特需による建造がなくなっていますが、5トン以上20トン未満の建造需要は落ちていません。中核的な担い手層がその階層に多い上、「もうかる漁業創設支援事業」、「がんばる漁業(福島県では2019年度実施)」に加えて漁船リース事業など代船取得に関する支援の充実化が牽引しているといえます。
代船取得支援があることは、代船機会を控えている漁業者にとっては幸運なはずです。そのチャンスを逃がさないようにしようと、ニーズにあった中古船の出現をまたず、新船建造に急ごうとするのはやむを得ないことです。しかし、このことが超過需要を生み出し、船価を押し上げる原因になっているし、この事業の行方次第で、建造需要が急激に落ち込み、造船不況が生じる可能性もあります。
被災漁業者にとっては資金負担が軽くなる復興予算が組まれたことから、既存の漁協はもちろんのこと、震災後に支援の受け皿となる漁業生産組合等(水産業協同組合法上の協同組合)が設立され、漁業を継続する意思のある被災漁業者が代船を手にすることができました。この事業では、所有者は協同組合組織等になるのですが、建造費の1/3と固定資産税等については、実質的には漁船を利用する漁業者が資金調達し、負担しています。共同利用漁船といっても、当該利用者のための漁船仕様になっているからです。減価償却期間は、協同組合組織が建造費の1/3を実際に立て替えて、貸出料として返済していくというリース方式に似た方法をとっているケースもあります。減価償却期間を終えると、残存価額で払い下げられて所有権を漁業者に移すことも可能となっています。
この事業は、建造主体は漁業経営体で、自己資金あるいは金融機関からの融資が前提になりますが、これはあくまで流通まで含めた地域プロジェクト(漁業構造改革推進集中プロジェクト)があり、そのなかで実施する「もうかる漁業創設支援事業」の事業主体となる漁業団体が、漁業経営体が準備した改革漁船を3年間傭船するというもので、傭船のコストを国が交付して水揚げ金を国に返還(ただし、赤字部分は半額返還)するという仕組みになっています。毎年交付される傭船費には減価償却費が含まれます。減価償却費は定率法で換算されます。3年間で国から交付されるのは、補助対象となる減価償却費五割強の1/3となっています。これは、おおよそ船価の1/6(17%)ぐらいに相当します。つまり、漁業経営体は返済しなければならない建造資金を毎年交付されることから資金繰りが楽になり、漁業経営体に融資する金融機関においては債権回収リスクが低くなります。