第二章 中・小型漁船の市場構造の変遷
中小造船所のFRP建造技術の導入
大手のFRP船体が市場に出回ろうとしているなか、和船建造の担い手であった中小造船所もFRP化への対応を図ります。1970年頃から、FRP船体の建造技術を導入し、自らFRP船体の建造に踏みだす造船所が増加しました。中小造船所の経営者は、いわゆる“船大工”であったことから、当初は、戸惑いがありましたが、大手メーカーの市場参入が著しいことから危機感を持ったと思われます。
1960年代後半から全国各地で行われたFRP漁船研究会や日本小型船舶工業会による講習会、中小造船所自らが集まって始めた研究会などで技術習得が図られました。中小造船所らの自主研究会は、大手メーカーの展開と並行して、各地で進められました。
しかし、大手メーカーと中小造船所が採用した建造技術は異なります。FRP船体の製造技術は、船体の形をした「型」を建造して、その「型」にガラス繊維マットと樹脂と硬化剤を貼り付けて、乾かして、研磨したり、削ったりして完成させます。そのプロセスには変わりはありませんが、大手メーカーは、頑丈な「型」を準備します。「型」の素材もFRPです。その製作のために、まず「木製雄型」を製作して、その表面にFRPを成形して、「FRP雌型」を作製します。それを、図2-1のように木枠に設置して「型」が完成します。船体の品質のために「FRP雌型」の内側表面はかなり磨かれています。「型」完成までに時間とコストを要しますが、このタイプだと、一つの「型」で100隻分のFRP船体製造が可能だとされています。もっとも「型」の製造費が高価なゆえに大量生産しないと原価割れします。
中小造船所は、むしろ大量生産よりもユーザー個別への対応力が求められています。そのため、大手メーカーと同じ技術を採用する余地はありません。そこで、中小造船所向きに開発されたのが「簡易型FRP成形用の型」(木製雌型)です。「型」はすべて木製です。FRP船体を成形する表面は柔らかい「ポリエステル化粧合板」です。ポリエステル化粧合板とは、合板にポリエステル樹脂を塗って乾かして表面を固めたものです。これを船殻の形になるように「型」の内側に貼り付けていきます。大手メーカー用と比較すると、製作時間、製作コストは断然安いです。しかしながら、ポリエステル化粧合板は耐久性がFRP素材よりも劣るため、そのままFRP成形を何度も繰り返して使うことができません。ポリエステル化粧合板の取り替えや、木枠の修繕をその都度しなくてはなりません。FRP成形後にFRP船殻を脱型する際に「型」が歪んだり、壊れたりするからです。コストをかけて木枠をしっかりと頑丈にすることで「、型」の歪みをできるだけでないようにできますが、それでもFRP雌型には適いません。
大量生産ではなく、オーダーメイドで一年に数隻しか建造しない中小造船所にとって、簡易型FRP成形技術の導入はたやすかったです。もともと多くの中小造船所の事業者は船大工をしていたこともあって、高度な木工技術を要していることから、木枠の「型」づくりにはさほど苦労しなかったのです。それゆえ、簡易型FRP成形技術の確立は画期的でした。
この技術を開発したのはFRP素材の流通を担うある塗料問屋(旧竹内塗料株式会社、現竹内化成株式会社)です。この問屋はFRP漁船研究会や日本小型船舶工業会における普及活動(講習会など)にも参画し、造船技術を研究しながら、この技術の普及にも専念した。FRP漁船の建造技術を希望する中小造船所に出向いて、泊りがけで直接指導を行ったといいます。
塗料問屋以外のルートでも、簡易型FRP成形技術が広がったことで、70年代にFRP漁船を専門に建造する造船所が急増します。漁業センサス統計を見ますとFRP船体を建造する造船所数が1973年は871でしたが、1978年に1,322まで増加しました。実に52%も増加しました。
①FRP成形用の型(大手メーカーのタイプ)
②簡易型FRP成形用の型(中小造船所タイプ)
出典:村上長平「FRP船—その構造と設計製図および原図」原書店、1979年
一方で、木造船を建造する造船所が1968年:2,829、1973年:2,549、1978年:1,541と1973年からの5年間で41%の減となっています。
多くの中小造船所が「木造」から「FRP」対応に転換したことがわかります。
こうして、1960年後半から始まったFRP船体の供給競争は、1970年以後に強まりをみせ、中小造船所のFRP転換が一気に進み、木造漁船が急速にFRP漁船に更新されていきました。
1970年以後、FRP漁船の隻数が急激に増加する一方で、木造漁船は70年代中ごろから激減していきます。最新の漁船統計(2017年)をみると、我が国漁船のうちFRP漁船が占める割合は隻数で97%、総トン数で63%となっていました。
2000年代前半のデータですが、船体市場のシェアは次のようになっています。船外機漁船の船体分野における大手(3社:ヤマハ発動機、(株)トーハツ、(株)ヤンマー)の市場支配率は約50%(うち約80%がヤマハ発動機)、主機関(ディーゼルエンジン)を搭載した小型漁船(漁船規模19トン未満)の分野においては大手(2社:ヤマハ発動機、ヤンマー)の市場支配率は45〜47%ですⅳ)。大手と中小で拮抗し、大手の寡占状態ともいえますが、市場の約半分は中小造船所の市場として残りました。
大手メーカーからのヒアリングにより得たデータです。オフィシャルなデータではないですが、この数値は業界関係者に共有されていました。