水産振興ONLINE
水産振興コラム
202311
進む温暖化と水産業

第14回 定置漁業権の切替えと変化への対応について

木村 聡史
水産庁

我が国の定置網には400年以上にわたる歴史があると言われています(日本定置漁業協会より)。全国津々浦々、様々な規模や形態の定置網が存在し、その漁獲量は435千トン(令和3年)に及びます。季節を感じさせる水揚げがあり、各地へ届けられ、我が国の「旬」を彩ります。どの定置網でも一定数の乗組員が必要で、操業スケジュールが基本的に決まっているからか、地元の人のみならず、地元外から就業することも多くあります。また、定置網は、荷物(商材)の供給元でもあります。安定的に水揚げがあるというのは、地域社会にとって非常に大きなことで、多種多様な魚は、加工・流通業の強みとなり、宿泊施設や飲食店でも季節ごとの地場産魚の提供が可能となります。私が3年間勤務していた宮崎県では、日南市の定置漁業者、漁業協同組合、仲買、行政が連携して協議会を立ち上げ、地元に水揚げされた魚をブランド化する取組が行われていました。地魚まつりやフェアが開催される時にはたくさんの人で賑わい、魚があることで地域全体が盛り上がる様を肌で感じてきました。地域社会の雇用を支え、人を引き入れ、商材を提供する、定置網は、漁村の中心を担う漁業であると言えます。

漁村の風景(高台から)
定置網の操業風景
浜プラン.jpより)

令和5年9月以降、漁業権の一斉切替え時期を迎えています。定置網を用いる漁業は、漁業権に基づき営まれています。今般、その存続期間の満了時期を迎えることから、都道府県知事が海区漁場計画を作成し、漁業者からの申請により免許するというものです。残念ながら、この間、漁業権者が廃業してしまい定置網がなくなる場合もあれば、このような漁場に新たな漁業権が免許されて別の者により定置漁業が営まれる場合もあります。定置網の特性上、どこもかしこもというわけにはいかず、網の数自体が増えていくことはあまり想定されません。新たな定置漁業権は、過去に定置網が廃業した場所で免許されている例がいくつかあります。これまでは、一斉切替えのタイミングで新たに免許することとしてきましたが、近年の漁業をとりまく状況の変化を踏まえ、一斉切替え時期によらずとも、漁業権を免許する手続きが行われることを推奨しています。平成30年の漁業法改正では、新たな定置漁業権は、地域の水産業の発展に最も寄与すると認められる者に免許することとされました。漁業生産の増大、所得の向上、就業機会の確保など、漁村の担い手となる者に免許をする仕組みです。

我が国の漁獲量は、昭和の終わり以降、長期的な減少傾向となっています。また、資源状況や海洋環境の変化が見られ、ブリやタチウオで見られるように、魚の分布が変わっているというニュースも珍しくなくなりました。今年の夏もすこぶる暑く、豪雨災害もありました。北海道では、9月でも水温が20℃を超えていたようです。定置網は、よく「待ち」の漁業と言われます。ざっくりと言えば、網を設置して、毎朝、来遊して網に入った魚を獲る、網はまた落としておけば、また来遊してきた魚が網に入るので、翌朝にその魚を獲って水揚げする、というサイクルです。来たものを獲るので、漁船で魚を探索して走り回る必要のない、ある意味では効率的な漁業です。もちろん、待ちの漁業といってもただ待っているわけではありません。網の改良を重ね、来遊してきた魚をできるだけ多く漁獲できるように工夫がなされてきました。道網や箱網の置き方にもテクニックがあるようです。漁船漁業が沖へ沖へと繰り出していくのとは対照的に、沿岸に根を張りつつ、来遊してくる魚に合わせ対応してきたのが定置網です。しかし、様々な状況の変化がある中では、こうした特性が、ともすれば弱点ともなります。

水産庁では、今年、「海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する検討会」を開催し、海洋環境の変化の状況をレビューするとともに、対応の方向性を示しました。取り巻く状況に変化が生じている中で、定置漁業の経営をいかにして維持していくか、残念ながら廃業してしまったとすれば、その漁場をいかに活用するか。定置漁業者の方々と話をさせていただくと、いかに地域のことを考えておられるかがわかります。定置漁業の後ろには地域があります。いくつか、ここで各地の取組を紹介したいと思います。

岩手県では、本州への秋サケの来遊が急減したことで、秋サケを目的とした定置網の漁獲量が大幅に減少しています。定置漁業の魅力の低下や従業員離れにつながる状況であり、定置網の不振を補うものとして、県内各地でサケ・マス類の養殖の取組が進められました。久慈ではギンザケ、宮古ではトラウト、大槌ではギンザケ等、釜石ではサクラマス等が養殖魚種です。久慈湾では、その養殖作業を定置網の従業員が分担して行っています。通常どおりの定置作業を行いつつ、養殖作業も行うという形態であり、経営者としては秋サケの水揚げの減少を補い、従業員にとっては仕事場と収入を確保することになります。各地でブランド化やイベント等が行われ、地域の観光や雇用への波及効果も期待されています。また、静岡県でも、定置漁業者がサーモンやサバの養殖に取り組んでいます。こうした取組は、各県の水産行政や水産試験場と連携して行われていることが多く、定置漁業に養殖を組み合わせる取組は、来遊不振のリスクを軽減し、定置漁業の経営の維持・発展につながるものとして注目しています。

養殖の様子
(左:宮古市ウェブサイト/右:岩手県ウェブサイトより)

もちろん、定置網自体の収益性を高めることも重要です。
操業の面では、青森県などでは定置網に入網状況が判別可能な魚探を導入し、陸上から魚の入出網状況のチェックと網揚げの判断等につなげています。経費を抑えることにもなりますし、また乗組員確保の苦労があり労働環境の改善も必要とされる昨今、新たな技術を取り入れながら対応することが求められます。寒ブリが有名な石川県では、箱網に金庫網を取り付け、寒ブリの群れが入ったときには一度に全て水揚げせず出荷調整を行うことで、魚価を保ちながら収入を確保しています。金庫網は、他の地域でも設置されており、入った魚を逃避しにくくする役割を担うほか、漁獲・出荷のタイミングを調整するために魚を生きたまま保持する生け簀としての役割を担うものとしても有効です。

定置網に魚探を設置
(第1回 定置網漁業の技術研究会(2020年9月3日開催)より)
金庫網の活用
(第2回 定置網漁業の技術研究会(2020年10月26日開催)より)

収入の面でも、北海道では、ブリの漁獲量の増加を受けて各地域でブランド化する取組を行っていますし、石川県においても、既にブランド価値のある寒ブリにさらに厳しい条件を設けて最高級ブランドの認定を行う取組を開始するなど、付加価値を高めるとともに世間の関心を集めています。前述した宮崎県では、乗組員が水揚げ作業と並行して、船上でのブリの活〆や魚種ごとの選別作業を行っています。来遊してきた魚を獲るのが定置網ですが、魚の価値を高めることは、同じ漁獲量であっても多くの収入を得られることとなります。いずれにおいても、漁獲物を丁寧に扱うことで仲買との信頼関係が生まれ、その価値に対して相応の値段が付き、品質の良い水産物が流通することとなれば、全体の好循環にもつながります。

船上の魚種選別技術
(第2回 定置網漁業の技術研究会(2020年10月26日開催)より)
水揚げ後のサイズ選別(左)と脂質判別(右)

また、過去に廃業した定置網の漁場を復活させた取組があるので紹介します。定置漁業を始めたいという事業者を、高知県の水産行政が、県ホームページなどを通じて募集したもので、この取組の概要は以下のとおりです。

高知県の取組の特徴として、新規に参入を検討する事業者に対してネックとなる、活用されなくなった漁場に関する情報、初期投資、地元関係者との調整について、県が漁場環境の情報を含めて情報発信し、参入に当たって必要な漁船や漁具等の購入に活用可能な支援制度の紹介や手続き面の支援、地元関係者との事前調整に積極的に関与した点が挙げられます。こうした取組により、参入を検討する事業者が事業計画をイメージしやすくなり、参入しやすい環境を整えるとともに、県や地元側の考えをあらかじめ示すことができるので、地元側のニーズに沿った形での参入を見込めることから、地元側と事業者側とのミスマッチが生じるリスクが抑えられ、お互いにとってより良い結果を得られる可能性が高くなるというものです。

高知県で定置網漁業を始めてみませんか?
(高知県ウェブサイトより)

これにより、参入を希望する事業者が現れ、2つの地域で定置網の漁場が復活しました。これまで地域で活用してきた漁場に、地域外からの参入を募集すること、ましてや行政が募集することに、疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、現実として漁業就業者と漁村の人口が減少し、定置漁業を取り巻く状況が変化する中で、地元だけでは漁場の活用が難しい場合には、地域外の力も活用して地域の活力を高めることも1つの選択肢と考えます。こうした取組を、現場主体で行うか、行政が主体となるかは、いずれもあり得ると思いますが、片方だけではなかなかうまく行きません。行政と現場が連携することで、産地側からの情報の発信と、地元との合意形成が進み、漁村での雇用の確保、商材の確保など、地域に貢献するような形になっていくとすれば、見方も変わってくるのではないでしょうか。

水産庁では、水産政策の改革を進めています。漁業、水産業を持続的なものとし、将来を担う若者も希望を持って漁業に就業できるような、水産業の成長産業化を目指しています。私も含め、水産業に関わる者は、誰しも同じ想いを持っているものと思います。そのとき、地域社会の中心の1つに、これから先も定置網があるよう、行政と現場が連携した、創意工夫のある取組が各地で進んでいくことを期待しています。

連載 第15回 へつづく

プロフィール

木村 聡史(きむら さとし)

木村 聡史

1984年生まれ。2008年京都大学大学院修士課程修了後、水産庁入庁。水産庁企画課、漁業調整課、消費・安全局表示・規格課、宮崎県庁出向を経て、現在、水産庁資源管理部管理調整課課長補佐。