魚道を塞ぐ洋上風力
5月中旬、石川・七尾市の和倉温泉で、石川県定置漁業協会主催の勉強会が開かれた。テーマは「洋上風力発電」。県内にまだ正式な計画はないが、県境に接する福井・あわら市沖の計画が気になるからだ。福井県だけでなく、反対側の隣県・富山県で計画が進めばどうなるか。講師として招かれた長谷成人 (一財)東京水産振興会理事の講演「洋上風力と漁業—洋上風力発電の動向が気になっている」のタイトルがまさに参加者の関心を言い表していた。
一瀬保夫会長自身、勉強会の冒頭で、「洋上風力に対して決して反対しているわけではない。ただ、それが漁業にどのような影響をもたらすのかまだ分からない点があまりに多い。そこを学びたい」と状況を冷静にとらえたうえでの勉強会開催であることをあいさつで語っている。
石川県との県境にある福井・あわら市沖に設置が計画されている洋上風力発電は、最大発電量200メガワットの着床式。2019年に中部電力、北陸電力および (株)OSCFが正式に開発可能性調査を開始し、今に至る。
資源エネルギー庁がまとめた計画一覧によると、現在、あわら市沖の案件は「準備区域」に該当する。再エネ海域利用法のもと、一般海域において洋上風力施設の設置候補として政府が認めた「促進区域」(4県8か所)のほかに、その前段階として「有望区域」(4道県10か所)や「準備区域」(6県6か所)があるが、あわら市沖は促進区域の2つ前に当たる「準備区域」に名を連ねている。
そもそも、洋上風力発電が本格的に注目されたのは、15年の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)のパリ協定採択。20年には菅義偉首相(当時)が「2050年カーボンニュートラル宣言」を行い、日本国内でも導入への動きが一気に加速した。
現在、各地でも洋上風力発電の計画が持ち上がり検討が進められているが、洋上風力と漁業の関係を真っ向から否定的にとらえられることはまだ少ない。その理由に洋上風力発電設備の風車がもたらす魚の蝟(い)集効果が取り上げられることが多く、イセエビや沿岸の地付きの魚の成育場となる可能性から「共存・共栄」が可能と考えられているからだ。
しかし、イセエビなどの地付きの資源ならばともかく、回遊魚を対象とする漁業への影響となれば話は別になる。ブリやサワラなどの回遊に風車設備が障害になる可能性があるからだ。特に、待ちの漁業として網が固定されている定置漁業にとっては死活問題になりかねない。さらに、その設置範囲が沿岸から排他的経済水域(EEZ)にまで広がり始めると、その懸念はほかの漁業にも広がる。
稚拙なプロセスに疑問
石川県加賀市で定置網漁業を営む (有)金城水産の窪川敏治社長のところにあわら市沖の話が飛び込んできたのは、まだ計画が公になっていない4年前だった。いきなり、事業者が訪ねてきて、「あわら市沖で洋上風力発電をします」と宣言した。最初から、「皆さんには漁業振興をあてがうつもりです」と補償まがいの話も出たという。
窪川氏は、「寝耳に水の話に動揺したのはいうまでもないが、県境の海に風車が立ち並べば、魚道の前面をふさがれることは火をみるより明らか。さまざまな思いが頭をめぐり混乱した」と当時を振り返る。
窪川氏は洋上風力発電そのものに反対の考えはない。それどころか、「国のエネルギー事情を考えれば結果的に必要だと思う」と冷静だ。ただ、いきなり事業者が訪問し計画が示される流れに、「説明プロセスがあまりに稚拙すぎないか」と疑問を投げ掛ける。
そうした各地の混乱から、今はようやく、山形県が最初に導入した行政を窓口に一本化する「セントラル方式」への移行が全国で進みつつあるが、最初のきっかけが事業への印象を悪化させたのは言うまでもない。
さらに窪川氏は、「そもそも国や県から、なぜ今日本に洋上風力発電が必要なのか、その思いを一度も直接聞いたことがない」と重ね、「国として日本のエネルギー問題の解決に向けた思いや、そのために有望な自然エネルギーの確保に、海の利用は欠かせない。そのうえで、福井・あわら市沖に建てる意味、建てれば自分たちが残すエネルギーの財産がこうなり、地球環境も守られるなどの思いを熱く語ることが先にきてもいいのではないか」と、まるで漁業を厄介者ととらえ、金をちらつかせながら水面下で排除するかのような姿勢に、いらだちさえ覚えている。
安易な補償に解決なし
洋上風力と漁業の共存・共栄ができないかと模索する動きも活発化している。東京水産振興会の長谷理事もその思いをもつ一人として、勉強会でも講演した。
「(漁業に必要な藻場・干潟をなくしたうえ、漁業者の数を一気に減らし補償金で地域を混乱に陥れた)昭和の臨海開発の二の舞いにしたくない」という思いが講演の随所ににじみ、あとの祭りにならないようにと、漁業者には洋上風力発電との向き合い方や考えるべきポイントを説く。事業者にも「漁業の実態を理解してもらうため」として全国行脚を続けている。
「(洋上風力発電に)反対はしない」という立場として窪川氏が提案するのは、最大限共存可能な道の模索だ。
具体的には、風車と風車の距離を相当程度空けて魚の通り道に支障がないようにする。プランクトンが湧く湧昇流が発生しないようにして魚道に乱れを生じさせないようにする。そして、水中に沈む風車の柱の色さえも魚が逃げない色にこだわってほしいなどを提案し、「まだまだ事業者や行政にできる策はあるはずだ」と話す。
提案して終わりではないとも言い、「やってみないと分からない世界であることは承知」としたうえで、「どう工夫するかを示してもらい、これはいい、これは駄目。そうした協議があって初めて先に進める。そのプロセスを丁寧に進めるべきだ」と言い切る。
魚が減ったらお金を出す、「補償」というやり方には「漁業にとって本当にプラスかどうか疑わしい」と言う。
「さまざまな漁業振興に役立つ協力金ならまだしも、水揚げが減ったら漁業者を個別に補償する仕組みになれば、漁業者が仕事をしなくなるのは目に見えている。台風の予報が出ればすぐに網を撤収するし、魚を獲らない方が箱代も油代もかからないから、漁に出なくなるのは当然」と漁業者の行動を予測。もし、問題解決の道が安易な補償に委ねられる事態になれば、「漁業は衰退の道をたどりかねない」と警告する。
「洋上風力発電と漁業の関係も、性善説では成立しない。漁業も自然を相手にしているようにみえるが結局は人が行うもの。そのことを踏まえた仕組みやお金の使い方をもっと国や県は真剣に考えるべきだろう」と訴えている。
定置網漁業に関するコラム:
定置漁業研究について 第1回