水産振興ONLINE
水産振興コラム
20216
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
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土佐清水の干物を干す風景

SATOUMIがグランドオープンしてもうすぐ、一周年だ。オープン前は、コロナ禍の中、本当にお客様が来てくれるのだろうか?と心配していた。

しかし、それは杞憂に終わり、来館者数は令和2年度の目標11万2千人を10月中にクリアし3月末で17万5千人を超え、5月28日には20万人目のお客様をお迎えすることができ、ホッと胸をなでおろした。そのほとんどのお客様が高知県内と愛媛県からの来館者である。

土佐清水に移住し、新館の開館に向け準備を進める中でも、僕の食のアンテナは美味しそうな、珍しい水産物をキャッチし至福の時と味覚を与えてくれた。その中からまずこの足掛け4年間で出会った、干物を干す風景を紹介したい。

SATOUMIの前を走る国道321号線、通称「足摺サニーロード」を土佐清水市街に向かって走ること数分、道の駅「めじかの里土佐清水」がある。ここでは今年の冬、地元の定置網で捕れたスルメイカを開いて天日で干す風景が話題になった。昔はいろいろな場所で干されていたイカも、干物を作る人の高齢化や不漁などにより、イカを干す風景がほとんど見られなくなった。僕が20年以上前に『食材魚貝大百科』(平凡社刊)の取材の手伝いで土佐清水に来た時には、近隣の以布利漁港や下ノ加江(しものかえ)の干物屋さんの干場で、たくさんのスルメイカやアオリイカがお日様の下で開き干しにされている風景に出会った。また、つい最近までは西隣の大月町で海の上に張り出した干場でのスルメ干しの風景が見られていたのだが、こちらは干場が老朽化し倒れ落ちる危険があるということで干場が撤去され、また一つイカを干す風景が消えていった。

そんな中「めじかの里土佐清水」でのイカの天日干しの風景は、訪れた人たちの目に新鮮に映ったのではないだろうか。地元の新聞に載り、テレビのニュースで映像が流れ、一躍イカの天日干しブームになった。休日ともなればイカの天日干しを求めて長い列ができた。手に入れるまで1時間以上も待たなければならなかったほどだ。

  • スルメイカの開き干し(道の駅「めじかの里土佐清水」)
  • キントキダイの開き干し(道の駅「めじかの里土佐清水」)

これを仕掛けたのが「めじかの里」で鮮魚を販売している「鮮魚一八(いっぱち)」さんだ。店を切り盛りしているのが山下敬二さん。鰹漁船の乗組員をされていたこともあり、お店では「藁焼きカツオのたたき」を売りにしているが、天気と風を見てその時々に水揚げされた魚の天日干しもされている。時にはコバンザメやエソ、ダツなど他ではなかなか見られない魚も丁寧に開かれ干されている。その1点物の干物を見つけるのも僕の楽しみの一つだ!皆いい塩加減で美味しいのである。イカの天日干しではイカのうまみを引き出すため、塩水に企業秘密の何かを加えることにより、柔らかく美味しい干物に仕上げているそうだ。さっと焙ってその柔らかい身を噛みしめると口の中にイカのうまみがジュワッと出てきて、もうたまりません!イカ自体も大きいので、大きなゲソだけでも充分に楽しめる。またゲソの真ん中にある筋肉に包まれた丸いイカの口も干されている。猛禽類のくちばしのような黒い2枚の歯が入っているので「カラストンビ(烏鳶)」または「トンビ」と呼ばれるが、これもそのまま焼いて、バター焼きで美味しくいただける。

干物ではないが、鮮魚一八の「藁焼きカツオのたたき」も紹介せずにはいられません。山下さんは、鰹の旨味を引き出すために藁でしっかりと焼きあげる。焼きたてをきれいに切り分け、まずは塩で。塩で食べることにより口の中に藁の香ばしい香りと、鰹の旨味が広がります。そして、玉ねぎ、ネギと特製のポン酢を使ったたたきも、塩とはまた違うさっぱりとした風味で後を引く。この薬味も藁や塩も全て地元、土佐清水産というこだわりよう。

何時も、この道の駅の前を車で通ると「何かいいものは干していないかなぁ。」とわき見運転をしてしまう。

もう一か所、僕が良くカメラを担いで通っているのが土佐清水市の下ノ加江。ここにはシラス干しやメジカやカマス、サバなどの開き、ウルメイワシやカタクチイワシの丸干しなどを天日で干している風景を見ることができる。時には宗田節を干していることもある。

シラス干し(下ノ加江)シラス干し(下ノ加江) メジカ(ソウダガツオ)の開き干し(下ノ加江)メジカ(ソウダガツオ)の開き干し(下ノ加江)

ここのウルメイワシの丸干しが僕は大好きだ。12~13cmほどの小ぶりのものを数匹ずつ丁寧に細めの串にさして干している。皆同じ方向を向いて串に刺さって干し台の上に並んでいる姿は何とも愛おしく、澄んだ大きな目が可愛らしい。可愛すぎて焼くのをためらってしまう程。でも心を鬼にしてサッと炙るのだが、串に刺さっているので焼きやすい。小さな体がバラバラだと、網の上ではひっくり返すのに数が多くて大変なのだが、これなら一度に数匹を楽に裏返せて、綺麗に焼けるのだ。

ウルメイワシの丸干し(下ノ加江)ウルメイワシの丸干し(下ノ加江)

また、土佐清水の名産品、ソウダガツオ(メジカ)を使った宗田節(メジカ節)も立派な乾物。中浜にある加工場では海岸近くにたくさんの宗田節たちが天日干しされている。その風景を見ているだけで、その旨味が伝わってくる。

何回か書かせてもらったが、冬の風物詩の一つにウツボの開いたものを干す風景がある。加久見(かぐみ)の小さな加工場の前には青空の下に立派なウツボの開きが並ぶ。干されるウツボの数は毎日変わるので、多くのウツボたちが干されている、絵になる場面に出会うのが大変だ。仕事で、カメラを持たずに前を通る時にそのいい風景を通り過ぎながら見ることが多く、何とも悔しい。

ウツボの開き干し(加久見)ウツボの開き干し(加久見)

最後に、前出の大月町の無くなってしまったイカ干場の道路をはさんだ前のお店では、まだ店先や横の干場に天気がいいとイカが干される。これも綺麗に並び凄くいい風景だ。ただこの風景もなかなか出会うことができず、ようやく撮れたのが下の写真である。イカの白が目に眩しい風景だった。

スルメイカの開き干し(大月町)スルメイカの開き干し(大月町)

僕が土佐清水に移住してからの干物を干す風景の今日までをまとめてみた。こちらに来る前は、そうした風景にもっと出会えると思っていたのだが、意外と出会いは少なく、ちょっとがっかりしている。でも、たまに出会える風景だから、嬉しさも一入なのだろう。干物の撮影は、まず天候に左右され、その日の漁獲物に左右され、そしてうまく干している時間に出会えるかなど、なかなか厳しい。そんな中でもこれだけの干物たちに出会えたのが逆にラッキーだったかもしれない。

よし、明日は仕事は休み、干物ハンターに出かけるか!

連載 第11回 へ続く

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープ(2020年)の準備に携る。現在、高知県立足摺海洋館SATOUMI館長。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑(東方出版、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景(東方出版)など。